39歳で初めて就職してみて5年経った話し⑧
年度末、毎日は無理かもしれん…
しかし、物語りは続いております!!
※山口県へ旅行へ行った時にタイミング良く見れたSL
ちなみに先日、通院のためにカーシェアリングで借りた車のシフトレバーが、スケバン刑事のヨーヨーみたいでした☺️
※これが好みかと言われると、むー🙄💦
パカっと取れて、ヨーヨーになるくらい遊び心が出た頃にやっと考えることとします
さて、前回は、最初の入院は半年ほどだったとお伝えしましたが、それだけ食べずにお腹を休めると千切れかけた大腸もつながるものなのですね。お薬の力もありましょうが。
4、5ヶ月し、下血量が落ちついて来た頃、生まれて初めての重湯を食べました。
忘れられないキョーレツな思い出です。
もうこの頃には食べ物への異常な執着が心を支配しています。かといって、ハングリー精神のようなギラギラもありません。
どっちでも、なんでも、どうでもいい。
おなかすいた。
それだけです。
元々陽気なのでニコニコはしていました。
ちびまる子ちゃんの小さな頃の描写に良く似た、ニコニコとヘラヘラとした子供でした。
それでもどこか、心にシミのようなものがポタリと落ちたような日々でした。
お母さんが私よりワクワクした様子で、介助師のおばちゃんから数ヶ月ぶりに我が子の食事を受け取っていたのを時々今でも思い出します。
重湯の隣には残渣の一切ない“おすまし“が付いていました。
重湯は、それはそれは強いお米の香りがして、涙がやっと1つ出たました。
「美味しい?」と、聞かれるのは久しぶり。
「お米の匂いがする」と、答えたのは初めて。
周りの大人たちの顔も良く覚えています。
今になったら、分かりますね 。
バブル真っ只中の日本で、子供がお米の香りで涙を1粒だけ流すなんて、なんとも言えない気持ちにさせられたんだと思います。
口から食べて、キレイに出す。
とてもとても大切なこと。
私は小さな小さな頃に学びました🙂
※先日、飲み会の帰りに1人でもう一杯寄ったところでこれが出てきた。やりおる。
今日はここまで。
皆さま、本日良い夢を*°